スプリット・トランス

オーディオ・トランスには『信号分岐(スプリット)用』というものがあります。分配アンプを通さずに信号を2分岐~3分岐できるトランスで、マイクロフォン信号の分岐などに使われます。

マイクロフォンの信号を分岐するのは意外と面倒なものなのですが、スプリット・トランスを内蔵した『スプリット・ボックス』は電源不要で、屋外でも手軽に分岐できるので便利です。変わった例では1本のインタビュー・マイクを分岐して数台の取材カメラに送ったりします。

LUNDAHL にもスプリット用としていくつかありますが、中でも LL1581XLというスプリット・トランスが良い性能を持っています。じつはこのスプリット・トランス、他のトランスと基本構造はいっしょです。たとえば一般のライン・トランスでも、2次側に2巻線あればそれを単独で使って(性能は別として)信号を分岐することができます。もっと極端な話、1次側にも2巻線あれば、どちらかを入力にすれば3分岐できてしまいます。ただし「信号が出てくる」というだけで信号レベルや歪み、ノイズなどの性能は全く保証されません。

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トランスは基本構造が単純なので、こうしたこともできてしまうわけですが、それではなぜ『スプリット用』として設計されているのでしょう? それはスプリット用途ならではの要求があるからに他なりません。

スプリット・トランスは同相入力除去比が高いのはもちろん、外部磁界の影響や一様でない接続先の影響など様々な考慮が必要です。分岐した先は別々の機器なので、グラウンド・レベルすら違っていることもありますが、それらが他の機器に影響を及ぼさないように考慮されています。当然ながら分岐した信号は全く同一でなくてはならないので、精密な巻線技術が求められます。

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前述のように、通常のスプリット用ではないトランスでも信号は分岐できますが、あくまでアマチュア的な発想であり、その信号クオリティについての保証はありません。専用のスプリット・トランスを使った場合とは雲泥の差、ということです。

信号分岐には専用のスプリット・トランスを使いましょう。

 

 

トランスのインピーダンスはテスターでチェック?

某 “教えて” 系サイトで「10kΩ:600Ωのトランスがあるのだが、データシートが無いのでどちらが10kΩでどちらが600Ωかわからない」という質問に「テスターで測って抵抗値の大きいほうが10kΩ」という回答があって笑ってしまったのですが、その回答に “ベストアンサー” が付いていたので複雑な気持ちになりました。これを読んだ第3者が正しい回答だと誤解しなければいいのですが・・・

確かに10kΩ側のほうが巻線数が多いので直流抵抗値も大きいでしょうが、それだけでは済まなくなってしまいます。

トランスの構造を考えてみましょう。トランスは金属性のコアに細いワイヤを巻きつけたものです。鉄の釘にコイルを巻いて電磁石を作りませんでしたか?基本的にはあれと同じです。電磁石では電池(直流)をつないで電磁石にしました。

ところでテスターの抵抗レンジは、被測定物に直流を流して抵抗値を測ります。もうおわかりの通り、トランスのコイルに抵抗レンジにしたテスターのリードを当てたとたん、コイルに直流が流れて中のコアが磁化してしまいます。

どんなに高価なトランスでも、コアが磁化してしまうと本来の音質とかけ離れた、高域の落ちたくぐもった音になります。いったん磁化したトランスは消磁という処理をしないと元に戻りません。

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トランスのインピーダンスを調べるとか、断線の有無を調べる時はテスターの抵抗レンジを使ってはいけません。きちんと発振器をつないで調べましょう。最近の高感度のテスターならACレンジで測定値を読めるはずです。

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この方法で、発振器とテスターを入れ替えて値を比べればどちらが10kΩ側でどちらが600Ω側かわかります。信号レベルがより大きいとき、発振器をつないでいる側が600Ωですね。