フェアチャイルド

ベル研究所は、電話の発明者グラハム・ベルの会社『ベル電話会社』(現在のAT&T)の基礎研究機関でした。ベル研究所が開発し、AT&Tが実用化し、子会社のウエスタン・エレクトリック(WE)が機器を製造するという役割になっていました。

そのベル研究所にいたショックレー、ブラッデン、バーディーンら3人が、トランジスタを発明したのが1947年でした(その後ノーベル賞を授賞)。ショックレーはその後ベル研究所を辞め、母親が住んでいたロサンゼルスの南、サンタクララ・バレーに『ショックレー半導体研究所』を設立します。当時は周りは見渡す限りの果樹園だったそうですが、そこも今ではシリコン・バレーとして有名になりました。ちなみにショックレー研究所の設立にあたっては、ベックマン・インスツルメンツが資金を提供しています。

ショックレーは全米から優秀な若者を集め、トランジスタの研究と製造を始めました。その時集まった若者の中には、後にアメリカ半導体産業の父と言われるロバート・ノイスや、インテルの会長を務めたゴードン・ムーア、現在の半導体の基礎構造であるプレーナ技術を発明したジーン・ハーニーなど、そうそうたるメンバーがいました。

やがてショックレーの経営方針に反発を感じた若者たちは、集団でそこを飛び出し、自分達の会社を創ろうとします。後に『8人の裏切り者』と呼ばれる若者たちですが、結局彼らが後の半導体業界を引っ張ることになるのです。

当初は資金集めのためにいろいろな銀行や企業、投資家に呼び掛けました。しかし今でこそベンチャー企業に投資するのは一般的ですが、海のものとも山のものともわからない半導体に誰も投資しようとはしませんでした。ところが当時、航空カメラ器材と航空写真撮影用飛行機の製造会社を経営していたユージン・フェアチャイルドという人が大変興味を持ち、出資を承諾してくれました。 彼らが作った会社こそ『フェアチャイルド・セミコンダクタ』です。

その後1960年代の半導体技術の多くがフェアチャイルドから生まれ、フェアチャイルドを巣立っていった多くの技術者が、後にサンタクララ・バレーをシリコン・バレーと呼ばれる電子産業地帯に変えていったのです。

人材の宝庫、ベル研究所

当時、T.I(テキサス・インスツルメンツ)は石油の掘削機を作る小さな会社でした。社長のパトリック・ハガティは半導体産業に進出する機会を狙っていましたが、ベル研究所のゴードン・ティールをスカウトして半導体の研究所を作り、本格的に乗り出しました。ゴードン・ティールはショックレーと肩をならべるほどの科学者ですが、TIに入社したきっかけは「両親がダラス(テキサス州)に住んでいたので、近くに住めると思って」という理由でした。そういえばショックレーも、母親が住むサンタクララの近くに研究所を作ったのでした。

ゴードン・ティールはポータブル・ラジオ用のトランジスタを作って成功し、TIの半導体事業は軌道に乗ることになります。その後、彼がスカウトしたウィリス・アドコックが2台目の研究所長になりますが、彼の在職中の最大の功績は、世界初の集積回路を発明し、『キルビー特許』で有名なジャック・キルビーを発掘したことだと言われています。

キルビーは小さな電気メーカーでトランジスタを使った補聴器を作っていましたが、ベル研究所主催のセミナーに参加したときに刺激を受け、もっと半導体のことを研究したいと、会社を辞めました。彼が面接を受けたのはIBM、モトローラ、TIの3社でしたが、結局TIを選びました。その後キルビーが発明した集積回路のおかげで、TIは小さな石油掘削機メーカーから現在のような巨大半導体企業に躍進することになります。

ベル研究所からは他に何人もの研究者が飛び出して半導体産業に貢献していますが、レスター・ホーガンもその一人です。

ホーガンはモトローラの半導体部門を立て直して欲しいとスカウトされました。当時のモトローラの半導体部門は売上300万ドルで損失も300万ドルという状態が5年も続いていました。ホーガンはまず「すべては人材にかかっている」と考え、幹部をすべて入れ替えました。そうしてベル研究所から優秀な科学者や技術者を60人も大量にスカウトして、再建にあたりました。それから14ヶ月後にはモトローラの半導体部門は初めての黒字を計上し、その後10年にわたって成長率40%を記録することになります。

ホーガンは後に、経営不振に陥ったフェアチャイルドを再建するために、再びモトローラから大量の技術者(ホーガン軍団)を引き抜いて乗り込んでいきます。

オペアンプの生みの親

アメリカでは半導体メーカーに限らず企業の合併や買収が盛んです。どんなに長い歴史があろうと、すぐに身売りされてしまいます。半導体メーカーの老舗「フェアチャイルド・セミコンダクタ」は、世界初のモノリシック・オペアンプμA709を作った会社ですが、今はもうありません。

709というオペアンプは、フェアチャイルドの技術者ボブ・ワイドラーが開発したものです。彼はその後、位相補償を内蔵したお馴染みμA741を開発しました。

後に彼はナショナル・セミコンダクタ(NS)に移り、高速型のLM301を開発します。現在ではオペアンプの種類は何万種類とありますが、そのどれもがこの3つのどれかの発展型であり、これらと差し替えができるようにピン番号や位相補償の方法まで同じであることを考えると、生みの親であるボブ・ワイドラーの偉大さがわかります。

ちなみにこの人は大変な奇人だったらしく、大酒飲みで酒が強く、自分の部屋にはいつも斧を置いていたそうです。うまくいかなかったり何か気に入らないことがあると、斧をもって外へ飛び出し、手当たりしだいに木を伐り倒すのが癖だったそうです。

当時のフェアチャイルドは優れたアナログICをいくつも開発しており、手軽に定電圧が作れる3端子レギュレータ78,79シリーズも、フェアチャイルドがオリジナルです。